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右も左も真っ白なウソ

僕は一般に主義主張などというものから縁遠くて、端から見るとそういうものを持っているように見えるかも知れないけれども、何の事はないただ単にモノを知らなかったり意固地だったりしているだけのことが、殆どだ。

ただ、昔からひとつ嫌いなのは(主義主張ではなく好き嫌いの話である)「目的のために手段を選ばない」という考え方で、これはどうにも我慢できない。

ところが経済界や政治の世界では、この「目的のために手段を選ばない」という姿勢は、案外好評で、「臨機応変」などと誉め称えられたりする。もちろん「変節漢」と罵られもするのだが、罵られようが嘲笑されようが、当の本人は平気の平左である。「名を捨てて実を取ったのさ」などと嘯きつつ、成功の果実にかぶりついている。

それを是とする考え方があるのは分かるけれども、僕はそういうのは好きでは無いし、直近にはそれで良くても最後には結局ダメなんではないか、と思っている。

まあゴマメの歯ぎしりとも言うが。

最近は、それまで批判していた人間がちょっと自分たち寄りの発言をしただけで、すぐに「同志!」みたいに大喜びする人が目立つ。例:小泉首相脱原発宣言、小林節の意見発言。どちらも少し調べれば「お前がそれを言うか?」と首をひねりたくなる、軽薄なものでしかないのだが、現政権に反対する人たちは彼らをヒーロー扱いしてしまった。いや待ちなさい君たち、小泉首相はあなたたちが批判している現在の日本を作った張本人だよ? 小林節さんは憲法9条についてころころ言う事が変わっているんだよ? いいのそれで? 「いま」味方をしてくれれば、それで「過去」は不問なの?

こういうのはもちろん反対陣営にもしばしば見られるのであるが、最近は強くなったのであまり見られなくなった。でも多分弱くなったらすぐにそうなるだろう。

こうした「場当たり的なマンセー主義」とでもいうべきスタンスは、場当たり的と言う観点からすれば恐ろしく一貫している。これはもう日本人の血なのではないか、と思うくらいだ。もしかしたら走かも知れない。歴史を見ても「勝てば官軍」の国であり「火事場泥棒が讃えられる」国である。紀伊国屋文左衛門なんざ他人の不幸で大もうけしたわけで、それが「偉い」と言われたりする。被災地に行って泥棒するのと大して変わらない。ついでに言えば被災者の手を握って激励しつつ目はしっかりカメラ目線の某首相も、まさに棒組である。

特定秘密保護法にせよ沖縄基地移転問題にせよ安保関連法案にせよTPPにせよ、このところ出て来る問題は、どれも単純に賛成反対では済まないものばかりだ。もちろん原発だって同じだ。マルかバツかですぱっと切り分けられるものではない。そんな単純なものだったら、誰も苦労はしていない。それなのに、どの問題もマルバツの話にしかならない。全肯定か全否定か。いちど否定したらあくまでも否定。肯定すればあくまでも肯定。正直言ってうんざりするのだが、まあそれはまだいい。そこに選挙が絡むとさらに酷くなる。「勝たねばダメだ」という使命感に燃え滾ってしまう闘士たちが盛大に騒ぎまくる。「反対反対」「賛成賛成」ばかりになる。そして「当選」だけ、本当にそれだけのために全力を尽くす。昨日の敵だろうが因縁の敵だろうが、組めるとみた相手とはいくらでもどこまでも組んでいく。まるで餓鬼のように。

だいたい、野党共闘ですべての野党が統一戦線を張る、という思想が、僕には分からない。共産党民進党のどこに妥協点があるのだろう? 政治思想がまるで違うのではないか。政治思想と言う政党にとってもっとも重要なものを脇に置いて、政策レベルの共通点だけで共闘するというのは、おかしいと思わないのだろうか? 仮にそれで選挙に勝てたとしても、その後はどうするつもりだろうか?

(繰り返すけれども、反対陣営側も過去さんざん同じようなことをやっている。今現在は必要がないからやっていないだけである)

僕はSEALsは批判的だが彼らが一生懸命やることは否定しない。だが彼らにもダメなところは山のようにあるわけで、けれども全面肯定や全面否定はそれを押しつぶしてしまうのだ。それはいまこの瞬間は良いけれども、結局は彼らの活動を腐らせてしまうことになるのではないか。そういうことは多分みな分かっているのだろうけれども、勝つ為にそれをおくびにも出さない、それが僕は嫌である。批判もきっちりするべきだし、褒める局面ではきっちり褒めるべきだろう。そういうメリハリ無しでだらだらと肯定、否定だけをやっていても、何も産まれないのではないか。

「この人はすばらしい、応援しましょう! シェアしてください! 勝たせましょう」とFBに書き込む。でも何がすばらしいのか、どこがすばらしいのか、そういうことはまるで書いていない。それは要するに「盲目的信頼」を要求しているのだろうが、その思い上がった態度が何よりも嫌である。僕もそういう人間だから近親憎悪しているだけかも知れないけれども。

原発反対と言う。原発賛成という。それはいいけれども、どちらも科学的にデタラメなことを得々として語る。舐めてんのかお前らと言いたくなる。TPP賛成と言う反対と言う、でもどちらも極論が出るばかりで、しかもちょっと調べると怪しい話ばかりが飛び交う。それをまた、何も検証せずに喜んで広める人たちがいる。最初の投稿者は、批判的なコメントは無視する。あほか。

いい加減、そういう白黒発想の対立はやめないといけない。勝つ為には何をしてもいいという思想も捨てなければいけない。そんなことをやっているから、いつまでも何一つ解決できないのだ。どちらの陣営も同じだが、特にリベラル側が酷い。保守主義よりも遥かに教条主義なのではないか、連中は。

何を書いているか自分でも分からなくなってきたのでもうやめるけれども、とにかくマルバツ主義者たちにはもう近寄りたくない。勝ち負けだけの政治活動の言説は寒気がするだけだ。彼らは勝手にやっていればいい。僕はシャッターを下ろしてしまうことにする。