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Bye bye, Professor!

シンセサイザーの音を、初めて意識して聴いたのは、エマーソン・レイク&パーマーだったか冨田勲だったか、いずれにせよ『展覧会の絵』であったには違いない。この1年で、その2人ともが、この地上から立ち去ってしまった。

初めて聴いた頃、シンセサイザーはまさしく魔法の楽器だと思った。どんな音でも出るのだと信じていた。エマーソンの暴虐もウェイクマンの流麗も、ともにいつでも僕を興奮させた。ヴァンゲリスの網の目のような初期の楽曲にため息をついた。タンジェリン・ドリームは(『アルファ・センタウリ』から『リコシェ』までは)いったいどういう発想で演奏しているのか見当もつかなかった。彼らはみな、ウィザードだった。

冨田勲はウィザードではなかった。彼は、そう、プロフェッサーだった。彼はファンタジーの世界の人ではなかった。どうしてなのか判らない。でも、彼は僕たちと同じ世界の住人だった。それは彼が、少なくともシンセサイザーに関しては、作曲者ではなく、またリアルなプレイヤー(目の前でライブをやってくれる演奏者)ではなかったからだろうと、今にして思う。いや、何よりも冨田勲はロッカーではなかったのだ。

だからといって、プロフェッサーがウィザードより劣るわけではない。それはまったく違うものだから、どちらも大いなる尊敬の対象であり、憧れの存在だった。プロフェッサーはシンセサイザーと多重録音の融合を僕の目の前に繰り広げてくれた。重ねれば重ねる程、工夫すれば工夫する程、濃密になり、壮大になる世界が、そこにあった。それはヴァンゲリスマイク・オールドフィールドなどとはまた違っていた。彼らはロッカーだったから。

僕は新譜で『火の鳥』を買い(『月の光』と『展覧会の絵』は友人から借りて聴いていた)、その後また『惑星』が出た時にも買った。そして充分に驚き、楽しんだ。

そして、僕はプロフェッサーの元を去った。それきり戻らなかった。今では時々思い出すことはあるけれども、ほとんど忘れている。彼はすばらしい音楽家だと思うが、僕にとってはもうその2枚で(正確に言えば4枚で)十分だった。クラシックを編曲してシンセサイザーで演奏するということから生み出される音楽は、そのあたりで一つの天井を迎えていた。

「プロフェッサーはなぜオリジナル曲を出さないのだ?」それが僕の疑問であり不満だった。その頃にはもう、彼が作曲家としてすばらしい作品を世に送り出していると知っていたから。「どうしてシンセで『新日本紀行』のようなすばらしい音楽を創らないのだ?」当時から、僕はオリジナル原理主義だった。そして今でも変わらない。

それでも折に触れ、プロフェッサーの姿をテレビで見たり、ラジオで聞いたりしてきた。自分で購入する事は無かったけれども、決して忌諱していたわけではない。ただ、彼はどこまでもプロフェッサーであり、僕はもう彼の元は卒業したのだと感じていた。

その彼が亡くなったことを知り、久しぶりに『惑星』を聴いた。今となっては古びた音が、そこにあった。だが、それを古びさせたのも、プロフェッサーなのだ。彼がトミタの時代を作ったからこそ、それは古びたのだ。そう考えると、ため息がでた。

彼は何を残したのだろう。

彼はシンセサイザーをすばらしいセンスと技術で駆使し、音楽を編み上げた。みながそれを賞讃し、いまもしている。だが彼の創り出した曲は、それよりもずっと心に残る。何枚ものアルバムよりも、1分程度のテレビテーマ曲の方が、染み通る。

彼は、やはり、曲を残したのだと思う。シンセサイザーを駆使した人ではない。電子音楽の先駆者でもない。実験的でも前衛的でも超弩級テクニシャンでもない。そうではなく。彼は作曲家であったのだと思う。偉大ではなくとも。その意味では、彼がプロフェッサーになってしまったことが良かったのかどうか僕には判らない。いずれにせよ今はもう彼はそのマントも脱いで、大好きなバイクとともに天国へツーリングに出かけてしまった。

さようなら、プロフェッサー。あなたの曲をこれからも慈しみます。安らかに。