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都知事選と天皇陛下ご譲位について

今日はなんだかいろいろニュースが多い。

東京都知事選に鳥越氏と小池氏と増田氏が出馬する事がほぼ確定した。他はほぼ賑やかしだろうから、来る都知事選はこの3人を核に争われることになる。
・鳥越/民進党ほか野党
・小池/独立系自民党関連
・増田/自民党
こうしてみると小池百合子氏がいちばんまともに見えるという、非常に情けない状況である。
何より、民進党は何を血迷って、鳥越氏なぞ選んだのか(だったら古賀氏がいいのかと言われても困るが)。出馬会見の時に「とにかく自民を阻止する」しか言えないレベルの人が知事をめざしてどうするのか。しかも改憲阻止は国政の話だ。
どうせだったら「オリンピック中止」「イシハラ〜イノセ〜マスゾエ時代の官僚と議員の闇を暴く」「築地移転中止」くらい派手なことを打ち上げたら、少しは違っただろう。そんなことを言い出したらもちろん当選しない。でもそのくらいのポピュリズム手法は使ってほしい。本気なのであれば。
それと、副知事として宇都宮と橋下を指名するとか、いやもっと盛大に、小池氏に副知事を依頼すると公約するとか、そのくらいの小技は出していただきたい。何だったらいま話題の都議会自民党幹事長の某氏を副知事抜擢してはどうか。
まあそれは冗談だが、会見で政策のひとつも出せないというのは、
・本人が不勉強かつ怠け者
・担いだ側が何も考えていなかったので、政策が出せない
どっちかなのだろうが、どっちも情けないなあ。
じゃあ増田氏はいいのか、小池氏はいいのかという話になるけれども、まあどちらもダメでしょう。
僕は都民ではないのでなんだって構わないけれども、こうしてみると橋下というのは、敵ながらあっぱれというか、最低限のことはきちんとやっていたんだなと分かる。政策もちゃんとあったし、でっかいアドバルーンも上げたし、口がうまかった。失礼ながら今回の都知事候補者の誰よりも、現代日本の政治家としては、まともである。じゃあ彼でいいのかと言えばいやそりゃダメなんですが。

天皇陛下が譲位の意向とNHKが報じた。宮内庁はこれを否定しているが、何も無い所に煙は立たないので、もしかしたら宮内庁高官が観測気球を上げたのかも知れない。
その場合、
1:陛下自ら(ご自分の体調など考慮して)譲位を考えておられる
2:最近、サヨクからも評価され始めており、何かと言うと「陛下に比べてアベは何だ」的なことを言われるので、この際引き摺り下ろしてしまおうと政府内で画策した
このどちらなかんじゃないかな、と思う。外れていても気にしませんけどね。
ところで昭和天皇は神から人になった方で、だから「象徴天皇」というのはそれをただ受け入れざるを得なかったのだと思う。外から押し付けられたポジションなのだ。
それに対して今上天皇は、天皇になられた時点ですでに「象徴」である。学者タイプなので、おそらく「象徴としての天皇とは何か」を、必死で考えられたと思う。その結果が、昨今の「災害にすぐに対応する天皇」「民主主義の守り手としての天皇」という言動にあらわれているのではないかしら。
おそらく、次の天皇は、象徴の意味をそこまで突き詰めないだろう。すでに今上天皇がスタイルを作ってしまっているので、それをなぞり発展させればいい(これは皇太子が怠惰だということではない。伝統というのは往々にしてそういうものなのだ)。今上天皇は、お手本とするべきは昭和天皇しか無く、しかし昭和天皇はもともと神から下りて来られたので自分とはアプローチが違うと感じられていたと思う。近年の陛下の言動が、政治的にお膳立てされたものでしかないのであればともかく、陛下ご自身のご意向がかなり出ているのであれば、僕の推論は(妄想かな)そう間違っていないのではないか。
そういう意味では天皇制は実は曲がり角を曲がっていたのだすでに。次の角は、おそらく女系天皇問題だろう。僕はもう憲法を改正して天皇家を呪縛から解き放ってさしあげるべきだと思っているのだが、さてどうなることか。

僕は右翼ではないのだが、こうして天皇制について考える程、実は天皇家は日本の中核ではないかという気がして来る。ただしそれは元首だ国体だという政治体制の中の位置づけではない。戦後、いやもしかしたら明治維新以後、日本の政治制度は常に、中心に大きな空虚を作って来たのだと思う(と誰かが言っていた、うろ覚えですんません)。空虚の存在を前提とし、その周囲に統治システムを作り上げていった。通常、中心のない統治システムはあり得ないのだが、日本ではそれがまかり通っている。そしてそれが「最終的に責任をとる存在の不在」ということになっていると思う。(思う、というのは、もちろんきちんと考えていないからです。ごめん)
一億総無責任だ何だと言われるのは、実は東京裁判やアメリカの占領政策だけではなく、それ以前からニッポン無責任野郎システムが出来上がっていたのではないか。大日本帝国憲法でも、天皇陛下が中核にいるようで実はオミットされているのではないか。これは条文ではなく成り立ちからの類推だ。憲法が作られたのは、決して陛下のためではない。対外的・対内的な政治的必要性からである。憲法を制定しなければ天皇陛下の政治的安定が図れない、ということではなかった。むしろ当時の権力者たちが、自分たちの権力安定のために必要としたのが、明治憲法だったのではないか、とこれはまあ根拠も無い妄想だけれども。
ここに、「国家の中核としての天皇(仮身としての権力)」と「天皇を支える重臣(権力の実質)」という二重構造が生まれ、「いざとなったらすべて陛下に押し付けて自分たちは口拭いができるシステム」が完成したのだ。これがいかに完全に機能したかは、第二次世界大戦の敗戦後を見れば分かる。東京裁判などというものが無ければ、彼ら権力者はほぼ無傷だったのではないか(そして東京裁判などというものが実行されるとは、さすがに見当もつかなかったに違いない。何しろ前例がないので)。

新しい日本国憲法でも、二重構造は受け継がれた。象徴天皇である。日本国憲法の最大の問題は、僕はこの象徴天皇という、言ってみれば「統治システムの欺瞞」なのではないかと考えている。根本の所で、為政者が腰が引けてしまっているのだから、始末に負えない。これに比べれば9条の問題なぞ、大した事では無い。ここをきちんと解消しようとしないサヨクは、知的退嬰ではないのかとさえ思う。

遡れば、摂関政治以降の日本においては、常に二重構造の統治システムが続いていた。天皇=皇帝に権力が集中していない国家というのは、もちろんある統治システムが成熟することでしばしば出現する。例:英国、フランスのルイ王朝(14世から16世へ)、ソヴィエト指導部、などなど。だが、1000年以上そのまま続いて来たのは日本くらいなものだろう。しかもその間に実際の権力者は何人も代わっているのだ。

まあ、当時の天皇に権力が無かったかどうかは、実は分からない。征夷大将軍武家に対するものだから、武家側が天皇家や貴族側に支配を強要しはじめるのは、案外最近で、徳川時代になってからである。このあたり、少年時代にさんざん苦労した徳川家康の精神性がはっきり現れている気がする。おそらく彼は、権威を絶対視しなかっただろう。だからこそ、旧支配者たちを完全に押さえ込めたのだと思う。

ではあっても、二重構造が続いていたことはたぶん間違いが無い。鎌倉幕府が開かれても、当時はまだ天皇・貴族側も決して衰えてはおらず、ある種の緊張感が持続していた。

ここまで書いて勘違いに気づいた。違うじゃん。室町までは、「仮身としての権力」と「実際の権力」は、曲がりなりにも分離し切ってはいなかったじゃん。江戸時代でも天皇家が腹を決めて突っ張ったこともある。だから、たぶんこうなのだ。
1:古代〜平安中期:イメージとしての権力者と実際の権力者がほぼ一致
2:平安中期〜室町末期:権力が二重化するが、それは重なり合っているのではなく二つに分離している
3:江戸時代:イメージと実質の二重化が進む
4:明治維新〜敗戦後:完成
こんなプロセスだったのではないか。ってこれをきちんと調べるのは手に余るな絶対。

となれば、日本の政治的課題は、
天皇制の解決(存続にせよ廃止にせよ、二重構造はやめる)
・統治システムのシンプル化(一元化)
おそらくこの2つが不可欠で、そうでなくてはいつまでたっても日本は国家としては成熟できないままだろう。
だがこれを成し遂げるためには当然憲法改正が必要であり、その場合は国家の制度設計自体をすべてやり直すわけだから、かなりの時間が必要になるだろう。そこを覚悟してやれるか、それとも別の何かの道をたどるのかは、今は僕にはまったく分からない。