迷走ブックガイド ゴジラ編

(「シン・ゴジラ」ネタバレは一切無しです。安心してください、って古いか)

 そろそろ始めようと思っている極私的お手軽メディア用の原稿。ここからさらに手を入れるのだが、第一稿ということで、ちょっと上げてみます。こんな文章を続けていこうかなと。ちなみに「怖い本編」「吸血鬼編」までは下書き終了。おお、いい調子じゃ。なお対象は一応一般市民ですので、まあ読みやすい本や入門的な本を挙げるようにしています。

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 十二年ぶりのゴジラ映画『シン・ゴジラ』がヒットしている。それに便乗して、ゴジラ周辺の本を、少し紹介してみたい。

 ゴジラの原作者は香山滋とされている。香山滋ゴジラ』は何度も出版されているが、現在はすべて品切れ絶版。もっともネットで探せば古本で簡単に手に入る。
 香山は戦後、怪奇・奇想小説作家として登場、人気を博した。今、彼の作品を読むと、発想も文体も古めかしく、万人受けするものではない。それだけにマニアックなファンは未だに多く、特に秘境小説は小栗虫太郎(『人外魔境』)か香山滋かという存在だと言っていいだろう。
 で、『ゴジラ』の話だが、原作と言っても映画プロデューサー田中友幸東宝)から打診されて検討用シナリオを書いたのが香山ということであり、映画の先に小説を発表していたわけではない。ゴジラという名前も、水爆実験で巨大化した怪獣が東京に現れて大暴れするという物語の骨格も、すでに田中や、特撮技術者の円谷英二などのスタッフによって固められていた。だから香山の功績は検討用第一シナリオでストーリーの概略を作ったということだ。もちろん、それはそれで大変なことなのだが、一般に言われる「原作」とは少し違う。


 ところで、ゴジラの発想は当時流行った『キング・コング』や『原子怪獣現わる』などのアメリカ映画から得ている(『キング・コング』は戦前の映画だがリバイバル上映されていた)のは、有名な話だ。その『原子怪獣〜』はSF作家レイ・ブラッドベリの「霧笛」という短篇を元にしていると言われている。けれどもよく調べるとどうやら最初は誰も「霧笛」など知らずに作りはじめたらしい。途中で「おい似た話があるぞ」と判って、慌てて原作料を払ったというのだ。真偽は判らないが『原子怪獣〜』と「霧笛」の共通点は「怪獣が灯台に迫る」というところだけなので、充分にあり得ることだと思う。
 いずれにせよ、遠いとはいえゴジラにつながっている作品ということで、レイ・ブラッドベリ「霧笛」(『太陽の金の林檎』所収)もぜひ読んでほしい。


 ゴジラ映画の概論というのは、あるようで、無い。これ一冊あればとりあえずほぼOKなガイドブックがあるといいのだが、残念ながら偏っていたりマニアックだったりして、ちょうどいいものがない。少し古いけれども冠木新市編『ゴジラ・デイズ』が、ゴジラ映画の歴史や作品解説、歴代特技監督インタビューなどが収められていて、良書。ただし集英社文庫版(絶版)は1998年に出ているので、対象となるゴジラ映画もローランド・エメリッヒ版『GODZILLA』まで。ミレニアム・ゴジラシリーズ以降は出て来ない。ぜひ誰か続編を!
 ゴジラ映画は第一作の評価が特に高く「反核反戦争メッセージ」性が評価されているが、『ゴジラ・デイズ』や井上英之『検証ゴジラ誕生』などを読むと、元々は田中友幸円谷英二が別個に考えていた怪獣ものを合体させただけで、しかも最初の時点では核がどうこうという発想は無かったことが判る。「反核」は後付けなのである。
 もちろん、第五福竜丸のビキニ核実験による被曝も大きなモチーフではあったので、「反核」テーマを無視していいとは言わないが、あまり寄りかかり過ぎてもいけない。だいたい、第二作以降は核なぞほとんど出で来やしないじゃないか。あくまで第一作では重視されているけれどもそれは話を進めるための仕掛けとして出ているのであり、どこまで真面目に取り組んだ末での「反核」かは疑問だと、私は思っている。ファンには殴られそうですが。


 ゴジラ映画の監督といえば本多猪四郎が代表的だろう。第一作『ゴジラ』から第十五作『メカゴジラの逆襲』まで、八作を監督している。その本多氏インタビュー集が『「ゴジラ」とわが映画人生』だ。この本と、夫人の本多きみ氏の回想録『ゴジラのトランク』は、ゴジラ映画はもちろん、日本映画の最盛期からその後にかけてのエピソードも多く含まれており、広く映画ファンにお勧めだ。また初代ゴジラぬいぐるみ役者である中島春雄『怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄』もおもしろい。怪獣映画の知識が多少ともあれば、引込まれると思う。
 怪獣映画監督としての本多猪四郎の作品を評論した切通理作本多猪四郎 無冠の巨匠』は、本多家の未公開資料も参照して書かれた力作。いささかオタクっぽいところが気になるが、労作と言っていい。
 ゴジラ映画の音楽といえば、伊福部昭ゴジラだけでなくさまざまな映画に音楽をつけているが、一般にはやはりゴジラの音楽を創ったからこその名声だろう。ちなみにクラシックの作曲家として高い評価を受けている人でもあるが、それも一般にはゴジラ人気からだろう。小林淳編『伊福部昭語る』は、伊福部が手がけた映画音楽の多くについて、本人の言葉を集めて構成した本。生涯で約二百六十本もの映画に音楽をつけた人だけにすべてを紹介はできていないけれども、主要作品は網羅されていて、これはこれで戦後日本映画史にもなっている。
 伊福部はゴジラに、アンチテクノロジーの痛快さを感じていたらしい。なるほどな、と思わせられる。ゴジラ映画とは、そちらが本来の姿なのではないか。
 なにより円谷英二がいなければゴジラ映画は成立しなかった。竹内博編『定本円谷英二随筆評論集成』は、円谷の書いた文章や、インタビューなどを集大成した本。また竹内博・山本真吾編『円谷英二の映像世界』は作品論や資料を集めたもので、貴重な一冊。どちらも良書だが、マニア向けなので一般にお勧めはしません。


 ゴジラ映画がアメリカでどのように受け入れられて来たかについてはウィリアム・M・ツツイ『ゴジラとアメリカの半世紀』が良書。文章にユーモアもあり、楽しく読み進められる。
 小野俊太郎ゴジラの精神史』は初代ゴジラ映画の内容を基点として、戦争や核、災害、科学と人間、アメリカとの関係など多岐にわたって考察した本。この人の他の「〜の精神史」は正直言ってちかみどころのない印象があるが、本書はよく纏まっていて、少しハイブロウにゴジラを語りたいあなたにぴったりの一冊だ。
 ゴジラと、日本における原子力開発のイメージについては吉見俊哉『夢の原子力』に詳しい。前記小野本とともにどうぞ。


 最後にSTUDIO28編・著『モンスターメイカーズ』は、ハリウッド映画の特殊撮影技術変遷史。視野の狭い特撮オタクが褒める日本の特撮技術が、いかにあほらしいものかを思い知らされる。円谷は初代ゴジラではハリウッドの技術をめざしていたのだ。しかし予算と制作時間がそれを許さなかった。初代『ゴジラ』とは、戦争でも、映画テクノロジーでもアメリカに負けた日本のうさばらし映画だったのかも知れない。