小説『鐵の爪』『笑の面』と映画『The Iron Claw』

以下、だらだら書いています。

国会図書館のデジタルライブラリで探し物をしていたら『怪奇小説 鐵の爪』という小説に行き当たった。見ると続編『笑の面』というのもあるらしい。

奥付には『鐵の爪』は大正六年一月、『笑の面』は同年六月の発行となっている。1917年である。前者の前書きと後者の後書きに、これが東京毎夕新聞に連載されたものだとある。しかも連載時には省略した部分も復活させて作った完全版だそうな。

省略、というのは、これらには原作があるらしく、前者のはじめに「米国 アーサー・ストリンジャー氏原作 田口櫻村・村岡青磁翻訳」と書いてある。なお前書きを読むと、どうやら『鐵の爪』という映画があり、それの原作を書いたのがストリンジャー氏。つまり田口氏らは、映画原作の翻訳を出版したということになる。

一読して大正時代の翻訳小説らしいな、と思ったのは、登場人物の名前がすべて日本人ふうに変えてあることだった。例えば「笠場偵」という名前の後に(原名カサバンティ)と書いてある。あるいは「飛田万里(原名ダビッド、マンリー)という具合である。地名などはすべてそのままで(ニューヨークは紐育でちゃんと「ニューヨーク」とルビがふってある)、ただ名前だけがすべて何とか日本人の名前にこじつけてあるのが、いかにも興味深い。

映画、というのは1916年公開の「The Iron Claw」という連続活劇(Serial)である。つまり、この二冊が発行される、前年である。翻訳はまず新聞連載だったのだから、実際には公開の年に翻訳もスタートしていたことになる。

余計な話だが、The Iron Clawの主演女優はPearl Whiteという人で、彼女は『ポーリンの危難』という連続活劇で主演をつとめたことで、名高い。『ポーリン〜』は、連続活劇の走りと言うべき映画で、毎回(連続活劇という名前のとおり、続き物なのである)主人公やヒロインがあわや! という目にあうアクション主体の映画である。雰囲気は『インディ・ジョーンズ』の、特に第1作である。あれは基本的には連続活劇映画のパロディであり、だからこそインディは潜水艦にしがみつきながらもしっかり生き延びる。宮崎駿はあれを見て「あそこで『金返せ』と怒らなけりゃいけない」と言っていたが、あれは要するに「連続活劇の御都合主義」を皮肉りつつ懐かしんでいるのだから、いいのである。ただ「ばっかでー」と笑っておればよろしいのです。

で、パール女史は連続活劇の女王だけあって、初期の活劇ではすべてスタント無しで本人がアクションしていたらしい。そのために後年背中など酷く痛むようになり、それを紛らわそうと酒(と麻薬)を大量に服用したあげく、49歳でパリに客死してしまった。いま、彼女の作品は、出世作の『ポーリン〜』を含め、ほとんど残っていないというから、二重に痛ましい。ちなみに今『The Perils of Pauline』(ポーリンの危難)という映画が容易に手に入るが、これはベティ・ハットン主演のパール・ホワイト伝記映画である。こうした記載はウィキペディアで手軽に知る事ができる。内容についてはいろいろ問題がとりざたされるけれども、パール女史に関する項目は(細かい所は別として大筋では)間違いがないようだ。

.....と思ったのだが、いまAmazon.comを見ていたらThe Perils of Paulineがリリースされていたのでびっくりした。もっとも60分くらいしかないので、全9エピソードが全部収録されているとは、ちょっと思えない。買おうかどうしようか悩んでます。6ドルだから送料の方が高くなっちゃうのでねえ。

それはそれとしてThe Iron Clawも確かエピソード7くらいしか残っていない(これはほぼ間違いない)ので、実際にどんな映画だったのかは、まず判らない。ただIMDBで調べると、登場人物の名前が『鐵の爪』『笑の面』と共通である(英語と日本名の違いはあるけれども)ことが判る。間違いなく、二冊は映画と同じストーリーなのである。

逆に言うと、映画がそう簡単に出て来ない現段階では、この二冊だけが、映画のストーリーに触れる手がかりである。なかなか貴重ではないか。

ところで、原作者のストリンジャー氏はアメリカの作家であり詩人だった人物で、wikiにも(英語版の方)ちゃんと載っているから、そこそこ知名度は高いようだ。Arthur Stringerは多くの映画に原作や原案を提供している。wikiによれば22本である。

で、その映画リストに「The Iron Claw」があるのだが、年代を見ると1941年でストーリー提供となっている。どうもこれは違うようだ。実際、こちらのThe Iron ClawをIMDBで調べても、役名もシノプシスもまるで違っているのである。これは別ものである。

では1916年かそれ以前に、原作と思わせる作品はあるだろうか? これが無いのである。実際に作品を読んでみないと判らないけれども、どうもそれらしいものは無い。

もっともIMDBによればストリンジャー氏は「スクリーンライター」とあるので、原案を出す役割が多かったのかも知れない。

とはいえ、あまり信じてもいけない。IMDBには、『ポーリンの危難』も彼がスクリーンライターで関与した様に書いてあるのだけれども、いざ作品のコーナーをみるとどこにもストリンジャーの名は見つからないのである。

それはそれとして、では1916年版The Iron Clawは原案提供でいいのかな、と思って確認しようとすると.....ないのである。何の資料を見ても、彼の名前は出て来ないのである。1941版にはしっかり書いてあるのだが。

さてお立ち会い。
すると、である。田口櫻村、村岡青磁の二人は、いったい何から翻訳をしたのだろうか? 映画にはクレジットがされていないのである。原作者とか原案者は書かれていない。

脚本は、監督の1人George B. Seitzの名前があるだけである。彼は連続活劇をたくさん手がけた監督で、『ポーリン〜』もそのうちの一本だ。その一方で、ジュディ・ガーランド&ミッキー・ルーニイのミュージカルなども手がけていて、職人という感じである。ちなみにもう一人の監督はEdward José。こちらはよく知らない作品が多いので、そのうちきちんと調べたい。

原作も原作者も原案者もまったく判らない状態で、田口氏と村岡氏は、どうやってストリンジャー氏に辿り着いたのだろうか。そして、こうして翻訳小説が出版されているということは当然原作小説があったのだと思うけれども、それは何と言う作品なのだろうか。もしかしたら、映画を何度も見てストーリーを起こし、それを基に小説化したのだろうか。しかしそれにしては、細かい登場人物までほぼ全員を日本名にきちんと変えてある(一部、カタカナの人物あり)のが腑に落ちない。やはり、何らかの原作があって、それを翻訳か翻案したのだと考えるのが妥当だろう。

というわけで、現時点ではさっぱり判らないこの2冊だが、内容はテンポが良くて、割合飽きずに読む事ができる。基本的には主人公たちとギャング団との戦いなのだが、銃撃戦あり乱闘あり、そうかと思えばSF的な秘密兵器あり(摩天楼の上からニューヨーク中の建物を攻撃し炎上させる新兵器や、それを作ったマッドサイエンティスト!)で手を替え品を替え飽きさせない。主人公は丸子(マージョリー・ゴールドン!)という女性だが、彼女の父親・合田は善人だがかなりの守銭奴で嫉妬しやすく怒りっぽい。妻(丸子の母)の浮気を疑って言い訳もさせず離縁してしまったりする。そもそも悪役である春鳥博士が悪役になってしまったのも半分くらいは合田のせいなのだ。妻を横取りしたと思い込んだ合田は、春鳥の片手を砕き潰し、顔を焼きごてで焼いて二目と見られるような醜いものに変えてしまった。最近の映画であれば完全に合田が悪役である。こうした登場人物設定も、いささか辟易させられるところもあるにせよ、興味深い。

それはそれとして、やはりオリジナルが何なのか、気になる。ストリンガー氏は現在ではあまり人気が無いとみえて、Complete Worksも出版されていないようだ。しかたがない、暇をみて地道にみつけていこうと思うのである。

追記:田口櫻村は、どうやら映画人だったようだ。大正20年に松竹蒲田撮影所所長に就任している。また、黒柳徹子が姪であるらしい。
映画論叢33号』に「翻訳映画人探見録 田口桜村」という記事があるらしい。入手するかどうか考え中。