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『鐵の爪』『名金』と田口桜村

日記 雑記

だらだら調べ、続きです。

田口櫻村(桜村)については、田中純一郎『日本映画発達史 1』に記載が少しあった。「興行界の鬼才といわれた小林喜三郎の参謀格である田口桜村」という表現があり、なかなか大物だったことが判る。小林は実業家でもあり日本映画創成期に活躍したプロモーターでもあった。グリフィス『イントレランス』を日本で大ヒットさせた仕掛人である。

田口は当時東京毎夕新聞の記者だったが、退職して松竹映画立ち上げから関与し、そのためにアメリカ視察も二度ほど行ってハリウッドの撮影所システムを学んで来た。そして蒲田撮影所の初代所長をつとめている(長くはなかったようだ)。

『鐵の爪』と同時期に『名金(めいきん)』正続編を出版している。これもまたアメリカ連続活劇『The Broken Coins』の翻訳である。西部劇や歴史劇の小説を書いていたエマーソン・ホー(Emerson Hough)という作家の出したストーリーを基に作られたらしい。ホーではなくハフが正しいようだが、ここでは訳本の表記に従った。

この『名金』続編の扉には「天然色活動写真株式会社 脚本部 田口桜村編」とある。天然色活動写真株式会社は「天活」と呼称され、これも小林が一枚噛んでいる映画会社だった。1914年〜19年という短い命の会社だったようだ。ところがその間に約400本も映画を作ったというから、相当なものである。しかも、当初はキネマカラー(カラーフィルムではなく、赤と緑のフィルターを交互に使って撮影し上映するやり方で、通常の映画よりフィルム量は二倍になったらしい。このあたり、あとでちゃんと調べたい)を売りにしていた。その割に作品は「義経千本桜」などと何だかなあなものが並んでいて、いろいろおもしろい会社である。

田口は、天活には毎夕新聞記者と二足のわらじで入っていたようだ。当時の新聞記者というのは、どんな勤務だったのだろう。これも今後の課題である。

ところで『名金』後編冒頭には「前編あらすじ」がついており、その末尾に「編者よりお断り」と題した文章がつけられている。

「名金がこれほどの大作でありながら、撮影に使用した脚本とか、原本のようなものがないので、前後の筋や、地理の観念が驚くべき程乱暴に扱われております」

なので、編者の一存で、なるべく矛盾が起きないようにいろいろ手を加えたという趣旨の文章である。これを読む限りでは、依拠しているのは映画のシナリオであるように思われる。

ところでEmerson Houghには『The Broken Coins』という小説があり、これは現在もamazonで入手できるので、さっそくKindleで購入し中を開いてみた。すると、映画が22編で小説も22部立て(1部に4章ほどが入っている)と、構成が同じで、登場人物も同じ。これは原作もしくはノヴェライズだろうとすぐ判る。実際にはノヴェライズであったようだ。

すると、果たして田口訳は、どこからの訳なのか。Houghのノヴェライズと田口訳本では、全体のシチュエーションはおおむね合っているけれども、中身はかなり変えられている(本人もそう書いている)。つまり、
1:ノヴェライズの翻訳だが超訳になっている(戦前は珍しくない)。
2:映画からの独自ノヴェライズである。
このどちらかだったのではないかと思われる。どちらだったのかは、ちと判らない。

『名金』は人気作品だったらしく、日本でのノヴェライズもたくさん出た。それらがあまりにもいい加減なので自分が正しい訳を出そうと思ったというのが田口の言葉(正編まえがき)である。先行作品がどの程度映画と違っていたのかは、映画も見て作品も読んで、ついでにHoughのノヴェライズも読まなくては判別しかねるけれども、残念ながらそこまで僕も暇ではないので、このあたりの追求は随分先になりそうだ。そもそも、映画が現存していないらしい。これもまた失われたSerialである。

前回のブログで『ポーリンの危難』を連続活劇の始まりみたいに書いたが、どうやらそうではなく、1912年『 What Happened to Mary?』あたりらしい。『ポーリン〜』は代表的な作品ということのようだ。すんません。ところで『What Happened〜』はエジソン映画会社の作品で、ここは世界初のフランケンシュタイン映画でその筋では有名である。どうでもいいけれども。