読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

at random

日記

日記をきちんと書く気力が出ないので、雑感をアトランダムに。

選挙もいよいよあと2日後に迫ったが、いったい誰に、どの政党に、どんなビジョンで投票したものか皆目見当がつかぬ。盛り下がるばかりの心理が現実世界に投影されたのか、選挙カーもほとんど出会わぬ。静かでいいけれど、いよいよ盛り下がる。

『シンゴジラ』公開が近い。迷っているが、観るんじゃないかとは思う。思うけれども、なにしろエヴァの監督なので、出来上がりの見当がつかない。アニメは好きではないしエヴァのエの字も知らぬ。ある程度「知っている」と言える(つまり観ている)監督は宮崎駿押井守くらいだが、現在はどちらにも全く興味が持てない。宮崎氏は変な疑似自然信仰が作品をどんどん腐らせた。「疑似」というのは商売としての自然派ということで、そうでないと戦闘機や戦車といった兵器好きと両立しない。押井氏はもっと単純に肌が合わない。劇場版『パトレイバー1』からして、合わなかった。『ビューティフルドリーマー』はほぼ覚えていないがネガティヴな感覚はないので、あれは大丈夫だったんだろう。頭でっかちの演劇少年のような作風は、思春期にはいいけれども、この年になってまで観るもんではない。

それにしても東宝はいつまでゴジラをしゃぶっているつもりだろう。別段やめろとは思わないし、無理にSF映画なぞ作っても失敗するのは目に見えているので、せめて別の、これまでにない怪獣映画くらいは作ってくれてもいいんじゃないか。
怪獣映画と言えば、デル・トロ『パシフィック・リム』は、まさに東宝怪獣映画と日本ロボットアニメのエッセンスを凝縮させたような作品だったが、あれが良いのはその「エッセンス」の絞り方が上手かったからであり、決して何か新しいものがあったからではない。物語としては最初の『キングコング』や、B級と揶揄されている『タランチュラの逆襲』『死のオオカマキリ』に完全に負けていると思っている。その点は『クローバーフィールド』はよくできていたが、少々気持ち悪い。『ミスト』(スティーヴン・キング原作の奴)も、ダラボンの悪い性格というか、最後が非常に後味が悪く、2度観ようと言う気持ちが失せる。
いやそんなことはどうでもいいけれども、いいかげん「特撮」(吊り操演、ぬいぐるみその他)に頼らず、新時代の怪獣映画を作ってほしいと思うのですよ東宝には。無理だろうけれど、期待くらいは、少ししてみたい。

先日、甲斐君たちとセッションさせてもらって、それはすごく気持ちがよかったのだけれども、同時に僕は演奏者ではないなあと改めて思った。一切の下ごしらえ(音色作り込み、シーケンサーなど)を拒否している人間がそんなことを思うのはヘンだけれども、そしてそれは技術がある無しではないけれども、いわゆる演奏という行為に魅力を感じていない。それが再確認できた。

巽孝之氏のプログレ論の本がどこにいったか見つからない。最近増補版が出ているのだが、買おうかどうしようか。たぶん、また腹を立てるだけだろうなあ。たぶんかれがまだプログレに愛情を持っていて、僕はもう哀悼の花を捧げてしまっているという違いなのだろう。ということを確認するにはやはり読むしかないか。

気がついたのだが、最近ほとんど「楽しみだけのための読書」をしていない。本を読む事自体が大きな楽しみなので、まあ問題はないのだけれども、資料としてとか参考のためにとか、いろんなエクスキューズのつく読書ばかりだ。これはたぶん、小説が読めなくなって来ているからだろう。今日など怪盗ニックさえ買わなかった自分がいて、ちょっとびっくりした。ホックがダメだったらもうほとんどダメだぞ。

海外ポップスをネタにした実験的なバンドを考えているのだが、女性ボーカルがいないだろうなあ。

本日はここまで。